マルチホップ通信とは

無線を搭載した各デバイスにデータの中継機能を持たせることで、バケツリレー式にデータの転送を繰り返し、電波が直接到達する範囲の外にある端末との通信を可能にする技術のことです。

multihop

マルチホップをサポートする無線ネットワークでは、中継機能を持つ端末が、移動やバッテリー切れ、無線環境の悪化などによって、突然利用できなくなることがあります。その場合、可能な限り素早く別の中継ルートを形成する必要があり、効率的で信頼性の高い経路制御技術が重要になってきます。マルチホップ通信での経路制御については、すでに様々な研究と提案がなされています。

経路制御の類型

マルチホップ通信での経路制御 (ルーティング)は、大きく

に分類されます。

テーブル駆動型(プロアクティブ)

各端末がネットワーク内の他端末と経路に関する情報(トポロジー情報)を交換し、あらかじめ経路表を作成する方式です。

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採用が進むRPL(RFC650)

プロアクティブ型の中でもとりわけRPLは、様々な通信規格で採用が進んでいます。RPLには大きくstoring-modeとnon-storing-modeがありますが、主にnon-storing-modeが使われています。

その理由として、non-storing-modeにはネットワークの収容台数が増えても各Routerの経路制御テーブルが一定サイズに収まる特性があり、これが、限られたメモリしか利用できないIoT用途のプロセッサと相性が良いためです。

ただし、下り方向の経路はRoot(Border Router)がすべてを管理する必要があり、Rootデバイスには大量のメモリが必要です。

上りはフォワーディング、下りはソースルーティングを使う、非対称経路制御の代表例でもあります。

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各Routerは、自端末の直上の親デバイスのみを管理する。各Routerは自身の親デバイスの情報を格納したDAOメッセージをRoot宛てに送信することで、Rootが下り方向の通信経路(各Routerの親がどのRouterなのか)をすべて保存します。

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経路の変化を検出すると、Routerは再びDAOをRoot宛てに送信して、経路変化を通知します。

下り方向(Root -> Router)の通信では、最初にRootが、パケットが通過すべき途中経路の情報(Routerのアドレスの配列)をヘッダに書き込んで送出します。各Routerは書き込まれたアドレス情報に従って次々と転送を行っていきます(=ソースルーティング)。多くの場合、ソースルーティングにはIPv6の拡張ヘッダ(Routing Header)が利用されます。

下り方向の経路変化をいち早く察知するため、各Routerが周期的にDAOを送信するなど、様々な最適化のテクニックがあります。

テーブル駆動型を採用した主な通信規格や製品

オンデマンド型(リアクティブ)

データ送信の要求が発生した際にのみ経路を構築することで、経路形成の通信オーバヘッドを軽減させる方式です。

オンデマンド型は、実際にデータ送信が発生した際にはじめて経路を構築します。具体的には「経路発見」メッセージをネットワーク全体に同報し、これを受け取った経路発見対象の機器が「経路応答」メッセージを送り返すことで経路を形成します。

データ送信が発生しない限り経路構築も行わないため、無駄な無線通信が発生せず、消費電力的に有利です。その反面,ひとたびデータを送信したい場面では、その前にいちど経路探索を行うため、データ送信が可能になるまでに待機時間が必要となります。また迂回ルートの形成でもネットワーク全体への経路発見が必要になるため、経路の切り替えに時間がかかり、無線通信環境の急激な悪化に対応しづらい弱点があります。

オンデマンド型はZigBeeが最も有名です。ただし、ZigBeeでも最新規格ではLink Statusと呼ばれるリンク品質情報を周期的に交換するメカニズムが導入されており、純粋にオンデマンドのみで経路構築する製品はほとんどありません。それはオンデマンドな1往復のメッセージ交換だけでは、良好な経路を形成するのが難しいためです。

オンデマンド型の動作例

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無線機器「S」が「D」に向けてデータを送ります。ここでSはDまでの経路を知らないので、まずネットワーク全体に「Dであれば応答せよ」という経路発見メッセージ(左中の”RREQ Packet”)を送出します。経路発見メッセージはブロードキャストのため全機器に連鎖的に波及し(左図の太線)、やがてDに到達します。

Dは、受信した経路発見メッセージが自分宛てであるため、経路応答メッセージ(右図の“RREP Packet”)をSに送り返します。経路応答メッセージを受け取ったSは、Dにデータを送るには次にAへ転送すれば良いことを知ります。同様にAは、D宛てのデータを受け取ったならば次はBへ転送すれば良いことを知ります。

このようにオンデマンド型は、データを送信したい機器が、その時だけ一時的に経路を発見します。

発見した経路は各機器で一定時間保持しておき、その後消去されます。消去された後にデータ送信の要求が発生すると、再び同じ手順で経路発見を実行します。これによって、停止や移動で存在しなくなった機器にいつまでも転送し続けてしまう事態を避けることができます。

オンデマンド型を採用した主な通信規格や製品

フラッディング型

思い切って経路制御という考え方をやめ、主にネットワーク全体への同報のみで通信する方式をブロードキャスト型と言います。データは宛先に関係なく常にネットワーク全体に波及して配信されるため、これまでに説明した経路情報の交換や経路発見の処理は必要ありません。

ブロードキャスト型は大規模通信には向きませんが、実装が簡単で、リソースが少ないマイコン・低データレートの無線でも十分に動作するのが特徴です。またネットワーク全体への同報はテーブル駆動、オンデマンド、ハイブリッド型でも併用される点に注目です。そういう意味でマルチホップ通信の基本中の基本であり、ここからより複雑な経路制御へ発展させていく出発点でもあります。

フラッディング型を採用した主な通信規格や製品

ハイブリッド型

オンデマンド方式とプロアクティブ方式を併用します。主に「ゾーン」あるいはこれに類似する概念を導入し、ゾーン内ではプロアクティブ方式,ゾーン外の端末へはゾーン境界にいる端末がオンデマンド方式で経路探索を行うなどによって、経路形成を効率化します。

ハイブリッド型を採用した主な通信規格や製品

注記

「主な通信規格や製品」に挙げた製品及び通信規格は、一般公開されている情報に基づき当社が独自に分類を行いました。

マルチホップの実例

マルチホップ通信はすでに実用化され、社会で幅広く使われています。中でも有名な2つの事例をご紹介します。

スマートメーター

最も有名なマルチホップ通信の実用例は、電力会社が設置を進めている「スマートメーター」ではないでしょうか。スマートメーターは伝統的な電力メーターに通信機能を追加した装置です。これまで人手による確認が必要だった検針作業を、通信によって自動化でき、運用コストを大幅に減らす効果が期待されています。スマートメーターが持つ複数の通信経路の中でも、「Aルート」と呼ばれる通信に無線マルチホップ方式が採用されています。

参考資料 https://www.tepco.co.jp/pg/technology/smartmeterpj.html

スマートメーターは東京電力管内だけでもすでに約2,900万台が設置されており、世界最大のマルチホップ通信網と言っても過言ではありません。これらの機器が日々休まず、マルチホップ通信によって、各家庭の電力使用量などの情報を電力会社に送信しています。

メッシュネットワーク対応無線LANルーター(メッシュWi-Fi)

すでに無線LANは、使っていない人を見つける方が大変なくらい一般家庭にも普及していますが、近年、この無線LANにマルチホップ通信機能を持たせた「メッシュWi-Fi」が販売されるようになりました。対応機器はAmazonでも気軽に購入できますので、すでにご自宅に導入されている方も多いのではないでしょうか。

メッシュWi-Fiは、無線LANの電波がどうしても届かない部屋がある住宅などに効果てき面です。機器を追加するだけで無線のカバーエリアを自在に広げることができます。同じ用途でこれまでも中継器(リピーター)がありましたが、中継器は電波を自動的に反復送信するだけなのに対して、メッシュWi-Fiは各機器が電波状況に応じてデータの転送路を自律的に選択します。このため中継器より設置が簡単で通信が安定しやすいというメリットがあります。

その他の応用

これまでさまざまな応用が考案されてきました。中でも農業および防災・減災分野では古くから実証実験が多く行われてきました。もちろんすでに商用化されている製品もあり、枚挙に暇がないくらいです。

マルチホップ通信の弱点

マルチホップ通信の弱点はデータレート (スループット)の低下です。参考データとして、MAC層にCSMA/CAを採用した無線デバイスをシングルチャンネルで4ホップさせた時のスループット測定データを挙げます。

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約60Kbpsだったスループットが4hopで15Kbpsまで低下します。

市販のWi-Fiメッシュルータでは、ホップ毎に別のアンテナや周波数を動的にアサインする等でパイプライン的なパケット転送を実現し、スループットの低下を避ける工夫をしています。

Interface誌に記事を書きました

「農業や街中のセンシングに使える数百mメッシュ・ネットワーク作り」

Interface誌2021年5月号
前編 自作プロトコルの仕様検討
https://interface.cqpub.co.jp/magazine/202105/

Interface誌2021年7月号
後編 通信ソフトウェアの実装と実験
https://interface.cqpub.co.jp/magazine/202107/

最後に

本文章の文責はスカイリー・ネットワークスにあります。 ご意見、ご要望、ご指摘は「info atmark skyley.com」宛てにお寄せください。 製品等の名称にはそれぞれの団体または企業のトレードマークが含まれます。

Skyley Networks, Inc. all rights reserved. http://www.skyley.com/


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Last-modified: 2023-05-02 (火) 18:53:45